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福岡地方裁判所久留米支部 昭和46年(ワ)74号 判決 1973年1月26日

原告

古賀光子

ほか三名

被告

豊福紀博

ほか一名

主文

被告らは各自原告古賀光子に対し金一二一万七、一一〇円、その他の原告三名に対し各金八一万一、四〇七円宛、及び以上の各金額に対する昭和四五年九月二六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は各自の負担とする。

この判決第一項は原告らが連帯して被告両名に対し不可分に金一〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

一  申立

(原告ら)

1  被告らは各自原告四名に対しそれぞれ金二五〇万円宛及びこれに対する昭和四五年九月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(被告ら)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

二  主張

(原告らの請求原因)

1  原告古賀光子は亡古賀喜代年の妻、その他の原告三名は亡喜代年の子であつて、原告四名がその共同相続人である。

2  喜代年は昭和四五年九月二五日午後一一時頃、久留米市日吉町二二番地先道路を北側から南側へ向つて横断歩行中、被告豊福紀博運転の普通乗用自動車に衝突されて転倒し、右頸部挫創兼頸動脈切断の傷害を蒙り、その場で即死を遂げた。

3  同被告は右事故の際右道路を東方東町方面から西方荘島町方面へ向つて時速約四〇キロメートルで進行中、前方約二〇メートルの地点に古賀喜代年及び同行者森山周蔵が道路を横断しつゝあるのを発見したものであるから、直ちに警音器を吹鳴するとともに減速徐行し、歩行者の動静を注視し安全を確認しながら進行すべき注意義務を負う場合であつたのに、これを怠り、右両名の後方を通過し得るものと軽信して時速三五キロメートル位に減速しただけで漫然進行したため、約五メートルの距離に達したとき路上に立止つた両名を避けることができず、両名に自車を衝突させたのである。

従つて同被告は不法行為者として右事故により喜代年及び原告らの蒙つた損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。

4  また被告豊福彦次は右加害自動車の所有者であり、事故当時これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により同様損害を賠償する義務を免れることができない。

5  亡喜代年は大正一一年三月二四日生れで当時四八才であり、株式会社古賀工務店の代表取締役社長として同会社の経営にあたり、月九万五、〇〇〇円の給与のほか年二回に合計一六万円の賞与を受けていた。そして本件事故にあわなければ少くとも平均余命の範囲内において六五才まで満一七年間右と同額ていどの収入は挙げ得た筈である。その生活費は月額一万九、〇〇〇円以内であるから、右年間収入額の合計から年間の生活費二二万八、〇〇〇円を差引いた年間純利益は一〇七万二、〇〇〇円であり、各一年分ごとに年五分の割合による中間利息を控除した事故当時の現価の合計は一、八三三万四、〇〇〇円となる。

それゆえ、同金額が喜代年の逸失利益としての損害にほかならない。

ほかに、原告らは喜代年の葬儀料として金一五万円を負担支払つたが、同金額は原告らが相続分に応じて内部負担を定むべきもので、本件事故の結果として原告らに生じた損害にほかならない。

また喜代年は本件事故により精神的肉体的に多大の苦痛を蒙り死を迎えたものというべきであつて、その苦痛を慰藉すべき金額は最少限五〇万円を下らない。

従つて本件事故の結果喜代年ないし原告らの蒙つた損害額は以上合計一、八九八万四、〇〇〇円であるということになる。

6  原告らは自賠責保険により本件事故に基く損害賠償の内払として金五〇〇万円の支払を受けた。従つて同金額を右損害額から差引くと一、三九八万四、〇〇〇円となる。

原告らが被告に支払を求むべき各原告毎の金額は、右一、三九八万四、〇〇〇円を相続分に応じて按分した原告古賀光子が三分の一の四六六万一、三三三円、その他の各原告が三分の二の三分の一にあたる三一〇万七、五五四円であるといわなければならない。

7  よつて原告らは被告両名に対し右各金額の範囲内の金二五〇万円宛及びこれに対する事故発生の翌日である昭和四五年九月二六日から完済まで年五分の法定遅延損害金の各自支払を求める。

(被告らの答弁)

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実につき、本件事故が被告豊福紀博の過失に基因するもので、同被告に損害賠償義務を生ぜしめる関係にあることはこれを認めるが、その具体的な注意義務の存在・内容はこれを争う。

3  同4の事実については、被告らは一旦これを認めると答えたけれども、右は真実に反し錯誤に出でたものであるから、右自白を撤回する。

同事実はこれを否認する。

4  請求原因5の事実は、慰藉料額を争うほか、その余の点についてすべて不知。

5  同6の事実は、原告らが自賠責保険により五〇〇万円の支払を受けた事実を認めるほか、その余は争う。

6  本件加害自動車は被告豊福彦次の保有にかゝるものではなく、被告豊福紀博が母千代香から買与えられた同被告の所有物であり、専ら同被告が自己のため運行の用に供していたものである。

従つて被告彦次には本件事故に基く損害賠償義務はない。

7  本件事故は被害者古賀喜代年の過失に多く基因するものである。

すなわち、本件事故現場は久留米市内の繁華街で自動車の交通量が特に多い通称明治通りの横断歩道以外の車道上であつて、横断歩道は同所から東西に夫々約二〇〇メートル離れた箇所に設けられている。古賀喜代年は、かゝる道路を横断するには横断歩道によるべきであるのに、あえてそれ以外の場所を横断しようとしたもので、先ずこの点において過失ありといわなければならない。

そればかりでなく、同人は当時飲酒酩酊していて道路を歩行する際に危険を防止するに足りる注意能力を欠いて居り、そのため、被告紀博運転の自動車が近付いたとき、自身はあと数メートルの僅かな距離を急ぎ渡れば安全に横断を完了し得る状態にあり、当然そうすべきであつたのに、突然車道上に立ち止まつた。被告紀博は、喜代年は当然そのまゝ横断を続けるものと考え、自車の速度を時速三五キロメートルに減速し、喜代年の通過したあとを走行するつもりで運転していたので、同人の突然の停止のため、これを避けることができなかつた。この点に関する喜代年の過失は重大であるというべきである。

従つて本件事故に基因する損害の賠償については、その額の算定につき右被害者の過失が斟酌されなければならない。

(被告らの答弁に対する原告らの認否)

1 右過失相殺に関する被告らの主張事実はこれを争う。

2 被告彦次の責任原因に関する自白の撤回には異議がある。

三 証拠〔略〕

理由

一  請求原因1、2の事実(亡古賀喜代年死亡の原因となつた交通事故の発生及び同人と原告らとの間の身分関係ならびに相続関係)については当事者間に争いがない。

二  被告豊福紀博は右事故における過失の態様を争つているけれども、〔証拠略〕によると、本件事故は原告主張のとおり同被告の過失により発生したものであることを肯定するに足り、右認定を左右すべき証拠はない。

三  被告豊福彦次は、同被告が加害自動車の保有者であり運行供用者であるとの点について、一旦これを認めながら右自白は真実に反するとして撤回する旨陳述し、証人豊福千代香及び被告両名各本人は、右加害自動車の保有者ならびに運行供用者は被告豊福紀博であるとの趣旨の証言ないし供述をしている。

しかしこれら証言及び供述によつても、被告らの一家は被告彦次が主宰する農家であつて、彦次夫婦及びその長男の嫁である千代香、千代香の子である被告紀博とその弟一人によつて構成される五人家族であり、千代香には看護婦として月五万円ていどの現金収入があるほか死亡した夫の死亡一時金の貯蓄などがあつて経済的には必ずしも被告彦次に隷属する関係にはないけれども、世帯生計は全員同一であつて、家族全部が彦次をたすけて農業にも従事し一家を代表すべき家長としての彦次を中心として日常の生活を営んでいること、が窺われるから、本件加害自動車を千代香が被告彦次に全く無断で被告紀博に買い与え且つ無断で被告彦次名義に登録した旨の上掲証言及び供述部分は、何らか特別の事情のないかぎり(特別の事情を肯定すべき資料はない。)にわかに信用しがたいものといわざるを得ない。従つて仮りにその証言・供述するとおり、自動車の購入代金の負担者が実質的に千代香であり、購入目的が実際は被告紀博のドライブ用であつたとしても、それだけでは右自動車が登録名義のとおり被告彦次の所有であることを否定する事由とはなり得ない。

そして他に前記自白が真実に反し錯誤に出でたものと認むべき証拠はないから、その撤回は許されないこととなる。

従つて被告彦次が本件加害自動車の保有者、運行供用者であることは当事者間にいがないものとしなければならない。

四  被告らは過失相殺を主張するので検討するに、〔証拠略〕によると、亡古賀喜代年はかなり酒に酔つて夜間でも自動車の通行量の多い久留米市の繁華街である明治通りの車道を横断歩道以外の箇所で横断しようとしたもので、しかも横断に際しあらかじめ車道上の自動車の進行の有無進路の安全を確かめることなく、且つ被告紀博運転の自動車が近付いたのに衝突画前まで気付かず、気付くなりその場に立止つてしまつたことが認められるから、同人にも本件事故に関して過失があつたといわざるを得ない。

しかし右証拠によると、被告紀博は前方僅か約二〇メートルの箇所の道路中央線附近に横断中の二人の人影をみとめながら、同人らは急ぎ足で自車の前方を横切つてしまうものと速断し、僅かに速度をゆるめただけで、同人らに対し格別の警告措置もとらず且つその動静に十分注意を払わぬまゝ進行したことが明らかで、その過失は重大であるから、前認定の被害者の過失も必ずしも軽しとはしないが、その事故に対する寄与率は二対一とみるのが相当である。

五  亡喜代年が事故当時四八才、健康で株式会社古賀工務店を主宰し、代表取締役社長として月九万五、〇〇〇円の給与と年一六万円の賞与を得ていたことは、〔証拠略〕によつてこれを認めることができる。そうすると、同人は原告主張のとおり本件事故にあわなければその平均余命の範囲内で六五才まで満一七年間右と同程度の収入を挙げ得たものとみるべきである。

そして同人の生活費は右収入額にてらし月額二万五、〇〇〇円程度を要するものと認めるのが相当で、原告主張の月額一万九、〇〇〇円は少きに失する。従つて同人の得べかりし年間純収入は年間給与の合計一一四万円と賞与を加えた一三〇万円から生活費合計三〇万円を差引いた一〇〇万円となる。

そこで各年毎に年五分の割合による中間利息を控除した年額一〇〇万円の一七年分の事故当時の現価を求めれば一、二〇七万七、〇〇〇円となることが計算上明らかで、同金額が喜代年の逸失利益としての損害額となる。

従つて右金額から三分の一を過失相殺した残額八〇五万一、三三三円が被告らの賠償すべき金額というべきである。

六  喜代年は本件事故により精神的肉体的に甚大な苦痛を蒙つたものというべきで、同人に前認定の過失相殺の原因となるべき事情のあることを考慮に入れてもその慰藉料額は二五〇万円が相当と認められる。原告らは同金額の範囲内である五〇万円を慰藉料額として計上しているから、同金額の限度でこれを肯定すべきである。

七  原告らが亡喜代年の葬儀費用として金一五万円を支出し、これを法定相続分に応じ内部負担を定めていることは、原告古賀光子本人の供述及び弁論の全趣旨によつてこれを肯定し得るところである。右金額は原告らに直接生じた損害というべきであるが、これについてもその三分の一が過失相殺せらるべきことは前叙により明らかであるから、原告らが被告らに賠償を求め得る額は、原告光子の分が三万三、三三三円、その他の原告三名の分が各二万二、二二二円となる。

八  前記五、六において認定した喜代年に生じた損害賠償債権の合計八五五万一、三三三円は原告らが法定相続分に応じて相続取得したものと認むべきであつて、原告光子の分が二八五万〇、四四四円その他の原告三名が各一九〇万〇、二九六円宛となる。

九  従つてこれに前記七において認定した原告らの直接の損害額を加えると、原告らの取得した損害賠償債権の額は原告光子の分が二八八万三、七七七円、その他の原告三名の分が各一九二万二、五一八円宛となるところ、原告らが自賠保険から金五〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。その支払も各原告に相続分に応じて分割せらるべき関係にあるというべく、従つて原告光子に対する分が一六六万六、六六七円、その他の原告三名に対する分が一一一万一、一一一円宛となる。これを前記債権額から控除すると、その残額は、原告光子の分が一二一万七、一一〇円、その他の原告三名の分が八一万一、四〇七円宛となる。

一〇  それゆえ、被告らに対し右各金額とこれに対する本件事故の翌日から各完済まで年五分の割合による法定遅延損害金の各自支払を求める限度で原告らの本訴請求は理由があるから正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却しなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫)

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